温暖化の影響で干上がった、ヨーロッパのある河川。
その川底を有効活用すべくボーリング調査が行われたところ、一体の化石がみつかった。
化石があまりになめらかであり、組み合わせると真球に近い形で完成したため、はじめそれは鉱石かと思われた。
しかし、最新の分析技術によって、それは生物由来のものであり、そのうえ恐竜のものであることが判明した。
「バラバラにした時計の部品をプールに入れ、かき混ぜると自然に時計が組み上がった」、そのような代物であった。
時計ほど精巧ではないが、やはり誰がみても球形であることは疑いようがなく、神秘的であったのだ。
“その仮説”が生まれたのは十年後のことであった。
「恐竜の化石は全て、大小の球形に組み上げることが可能なのではないか」
この仮説をもとに、既存の恐竜の化石で組み上げ実験が行われた。
結果は。
既存の恐竜の定義に当てはまるものはやはり球形に完成した。そして、定義から外れる翼竜などは、どれほど設計し直しても球形にはならなかった。
ただちにこのような説が提唱される。
「恐竜は“化石を球形へ組み上げることができる”という性質を持ち、できないものは恐竜ではない」と。
空前の球形ブームに学界は湧き上がった
恐竜の化石を球形に直すための計算式と方法論が確立され、猛烈な勢いであらゆる化石が丸められていった。
「そのように定義できたとして、なんなのか」と、ある研究者、いや、多くの研究者は思ったが、こうして化石を丸めていった先に何かが見つかると信じて、ひたすら化石を丸めこんでいった。
世界でも貴重なティラノサウルスの全身骨格のうち一体が球形にされてしまい、それを機にブームがやや沈静化した頃。日本で悲劇的な事件が発生する。
それはのちの人類史に影響を及ぼす残忍な犯行であった。
拳だいの球が日本のある市役所に寄贈され、担当職員はそれを縁起のよい鉱石と勘違いしたまま、二十年以上役所の玄関脇に飾っていた。
やがて、それは風化し、欠け、鮮やかな白色が黄味を帯びてきた。それをみた市民の一人が、「これは本当に鉱石なのか」と役所に問い合わせた。市民によると、「破片が最近火葬した身内の骨に似ていて気味が悪い」とのことであった。
事実、それは人骨だと判明した。
そのニュースを知った考古学者は戦慄する。
「人骨が球形になりうる」
ヒトが恐竜なのか、はたまた恐竜がヒトだったのか……これまで恐竜以外の化石が球形にされた例はなかった。それまで完璧に恐竜を定義していた定説が覆ろうとしていた。
「恐竜は果たして、我々が知るような恐竜の形だったのか? 実は球形だったのではないか」
「馬鹿げたことを! 」
議論の場は紛糾する。
「ジュラ紀に大小様々な球が転がりながらジャングルの中を移動していたとでもいうのか。足跡の化石もある。恐竜の形を裏付ける研究はごまんとあるんだぞ」
「では、この球形をどう説明するのです。今のところ恐竜と人間のみが、骨で球形を組むことができるのです。他の生物だとどこかが欠け、瓦解するようにできている。神が球形の必要性を感じてそう設計したんだ! 」
「狂信者め! 殺してやるっ」
挙句の果てには「変形説」が登場し、「人間も恐竜もアルマジロのように自らを丸めこんで球形になることが可能である」という言説まで現れた。ただ、肝心のアルマジロの骨格は球形ではない。
中国雑技団の不可思議な軟体を眺める目が変わる……スーツケースにぐしゃぐしゃに詰められて惨殺されていた男は、狂信者によって本来の姿に戻されたのか……ヒト型のダンゴムシ、恐竜型のダンゴムシ……球形とは何か……。
この「人間と恐竜はかつて球形だったのか」という問いに対し、二〇七〇年の人工知能の粋を集めて挑んだところ、答えはシンプルに「球形であった」とのことだった。
人類は人工知能に戦争まで任せるほど依存していたので、当然この結論にも「なんだ、球形だったのか」と納得し、今までの研究を洗いざらい捨てて、それを前提に物事を考え直すことにした。もちろん、恐竜や人間のかつての形を今までと同じだと論ずる者は、尖ったものが好きな思春期の少年になぞらえて「中二病(Chunibyo)」と呼ばれ嘲笑の的となった。
ある少年は自らが球形であったこと、そのうえ「力士」を目指していたことを酷く馬鹿にされ、恥じた。とんだ先祖返りである。
「転がって移動しろ、デブ公め」
「先祖の墓に参ったらさぞ喜ばれるだろう」
そんな子を持った学者が、現実逃避がてら仲間とこんなことを話した。
「人類はいつ球形を脱したのか。また、形態的な脱却と、思想的な球形からの脱却は連動していたのか。または、別々であったのか」
「古い問いだなぁ」
「思想的な球形ってなんだよ」
「社会主義は尖ってるとか、そういうことかい」
「ええい、話にならん」
「お、その態度は球形っぽくないぞ」
しばらく球形の事実はこうした酒の肴程度のものでしかなかった。
しかし、ついに、人類の祖先が恐竜であったことが判明する。
恐竜が人類の一種だったのではなく、人類が恐竜の一種だったのだ。
「たしかに俺は恐竜的な側面を持っているな」と、自らの凶暴性に祖先との繋がりを感じてアンニュイな気持ちになった者が少なからずいた。が、大事なのはポエマーの感慨ではない。
肝心なのは、恐竜がなぜ、球形であること、ましてや人類と同種であることをひた隠しにしてきたか、ということである。いや、むしろ逆かもしれない。人類が恐竜から隠れていたのだ。
人類は恐竜から隠れなければならなかった。人類からすれば、恐怖の大兄である偉大な存在から、生存のために距離をとらねばならなかった。さもなくば、小型の球形である人類(今となっては超恐竜)は生存の望みがなかったのだ。
泥を転がり、土を耕し、あらゆる塵を吸着させながら大陸が割れていくのを待った。さながら膝に顔をうずめ泣きじゃくりながら夜を明かす女のごとき儚さで。
そうした儚き超恐竜たちは、今日もひがな鉤爪と呼ぶには物足りない手指を駆使して、恥ずかしげもなく情報を操っている。
では、元祖恐竜はどうして絶滅したのか。なぜ同じ球形である我々が生き残り、彼らは滅んだのか。答えはどうしようもなく簡単だ。
彼れは、少し尖っていたのである。
彼らは成長すると表面にわずかな突起を、回転には邪魔にならない程度に生じさせる。その突起によって攻撃、もしくは防御を行なっていた。
この突起が絶滅の原因となったのはなぜか。
競争である。
突起の差異は能力の差異となり、それにより違いが生まれ、集団が生まれ、集団が争いを繰り返し、やがて滅んだ。この事実から、ウニは恐竜ではないかと憶測を呼んだが、ウニは恐竜ではなかった。
生き残った我々は、それよりはるかに形状を複雑化させていき、単一のパラメータで個体の価値が定まらないよう「文化」を醸成した。価値ある文化は争いの影響を緩和するクッションとなり、集団間の共存を可能にした。
「この教科書はつまらんな。トンデモじゃないか」
「でも本当なんだってさ。恐竜の化石が球だから」
「その球は恐竜の形にだってなるんだろ? なんで球の説がそんなに有利なんだよ」
「知らないよぉ」
人類のかつての形は球であるという学説はあまりに揺るぎなく、人類史と恐竜史を固定し続けた。
――あるインドの僻村に、自分の前世が分かるという子どもが生まれた。
彼は球形の説が世にでる前から、自分がとてつもなく真球に近い存在だったと告げていた。
その宣告は神秘的なイメージをもっていたから、その子は老いても重宝されていた。
だが、皆が球形であることが分かってからは、平凡な人として扱われ、才のない俗物として扱われるようになったという。
人々の形は完全に覆った。
無意識に持っていた祖先との繋がり、インスピレーション、直感は、ただ一つの球という形に収束された。
それはよいことであった。
誇らしいことであった。
美容や鍛錬、学習は球を指向してデザインされた。人々は球を目指し生活した。
肌や骨格の丸みは尊ばれ、攻撃的な思想や思考はことごとく排斥されていった。戦争はなくならなかったが、「球形の戦争」なる概念が戦場に持ちこまれ、銃や爆弾による攻撃から、バイオテロや毒物による攻撃が増加した。
イメージされ得なかった神がなぜイメージされ得なかったのか、そこにも大多数の人が納得し、人型を模した神を祀る宗教は説得力を失って衰退した。
ただ、あらゆる歴史は人型であることでも説明できたし、球形であることでも説明できた。恐竜も同じである。恐竜の元来のフォルムであっても、球形のフォルムであっても、巨大であれば恐ろしいままだったし、食物連鎖の頂点であるかのような威光は衰えなかった。
分からない。
なぜ人は恐竜だったのだろう。
なぜ恐竜は球形だったのだろう。
人はやがて、球形という言説を疑う術をなくした。なくしてひたすらに時が流れた。かつて、人が恐竜の形を疑わなかったように。
球形説というあまりに大きな学説を疑えなくなった人類は、人が柔らかいものばかり食べてあごを弱くしていくように、他のマジョリティの言説を咀嚼する術もなくしていった。
高級な知能からもたらされる説を流しこまれ、色のない顔で満足した。
人は恐竜であった。
人は球形であった。
あまりにも、あまりにもそれは疑いようがない。
ヨーロッパのある川が、地球が暖かくなった影響で、干上がっていた。
その川の底を役に立てるために、地面に穴をあけて調べた。すると、一体分の化石が見つかった。
その化石の表面は、とてもなめらかだった。組み合わせると、完全に丸い球に近い形になった。そのため、初めは石の一種だと思われた。
しかし、一番新しい技術で調べると、それは生き物からできたもので、しかも恐竜のものだと分かった。
「ばらばらにした時計の部品をプールに入れて、かき混ぜたら、自然に時計ができた」。それと同じようなものだった。
時計ほど細かくできているわけではない。それでも、だれが見ても球の形だった。それを疑うことはできず、不思議なものに思えた。
「その仮説」が生まれたのは、十年後だった。
「恐竜の化石は、全部、大きな球や小さな球に組み立てることができるのではないか」
この考えをもとに、すでに見つかっていた恐竜の化石を組み立てる実験が行われた。
結果は、どうだったか。
それまでの恐竜の決め方に合うものは、やはり球の形になった。しかし、その決め方に合わない翼竜などは、何度作り方を考え直しても、球にはならなかった。
すぐに、次のような考えが出された。
「恐竜には、化石を球の形に組み立てられるという特徴がある。それができないものは、恐竜ではない」と。
研究者たちの世界では、これまでにないほど、球の形が話題になった。
恐竜の化石を球にするための計算式や方法ができた。いろいろな化石が、ものすごい速さで、丸い形に組み立てられていった。
「そのように恐竜を決められたとして、それが何になるのか」。ある研究者は、いや、多くの研究者はそう思った。それでも、化石を丸くしていけば何かが見つかると信じ、ただひたすら、化石を丸くしていった。
世界でも大切にされている、ティラノサウルスの体全体の骨。その一体分まで、球にされてしまった。それをきっかけに、球にする流行が少し静かになったころ、日本で悲しい事件が起きる。
それは、あとの人間の歴史にも影響する、むごい犯罪だった。
日本のある市役所に、にぎった手くらいの大きさの球が贈られてきた。担当の職員は、運がよくなる石だと勘違いした。そのまま二十年以上、市役所の入り口の横に飾っていた。
長い間、風や雨に当たるうちに、球は欠けた。きれいな白い色も、黄色くなってきた。それを見た市民が、「これは本当に石なのか」と市役所に聞いた。その市民は、「最近、亡くなった家族を火葬した。その骨に、欠けたかけらが似ていて、気持ちが悪い」と言った。
実際に調べると、それは人間の骨だと分かった。
そのニュースを知った、昔の人や物を調べる研究者たちは、震えるほど驚く。
「人間の骨も、球の形になる」
人間が恐竜なのか。それとも、恐竜が人間だったのか……。それまで、恐竜以外の化石が球になった例はなかった。何が恐竜かを完全に説明していたはずの考えが、間違っているかもしれなくなった。
「恐竜は本当に、私たちが知っているような形だったのか? 本当は、球だったのではないか」
「ばかなことを言うな!」
話し合いの場は、ひどく混乱する。
「ジュラ紀のジャングルを、大きな球や小さな球が転がっていたと言うのか。足あとの化石もある。恐竜があの形だったことを確かめる研究は、数えきれないほどあるんだぞ」
「では、この球の形をどう説明するのですか。今のところ、恐竜と人間だけが、骨を組み合わせて球を作れます。ほかの生き物では、どこかに足りないところができ、崩れてしまう。神が球の形を必要だと思い、そう作ったんだ!」
「何も疑わずに信じこむやつめ! 殺してやる!」
最後には「変形説」という考えまで出てきた。人間も恐竜も、アルマジロのように、自分の体を丸めて球になれる、というのだ。しかし、そのアルマジロの骨は、球の形ではない。
中国雑技団の、信じられないほどやわらかい体を見る目が変わる……。スーツケースにぐちゃぐちゃにつめられ、むごく殺されていた男は、強く信じこんだ人に、もとの姿へ戻されたのか……。人間の形のダンゴムシ、恐竜の形のダンゴムシ……。球の形とは何なのか……。
「人間と恐竜は、昔は球の形だったのか」。この問いに、2070年の人工知能のすぐれた力を全部集めて答えを出した。答えは簡単で、「球の形だった」というものだった。
人間は、戦争まで人工知能に任せるほど、人工知能を頼っていた。だから、この答えにも、「なんだ、球だったのか」と納得した。今までの研究は全部捨て、球だったことをもとに考え直すことにした。もちろん、恐竜や人間の昔の形は、これまで考えていたとおりだと言う人もいた。しかし、その人たちは、とがったものが好きな、子どもから大人になる年ごろの少年にたとえられた。「中二病(Chunibyo)」と呼ばれ、馬鹿にされて笑われた。
ある少年は、自分が昔は球だったことを、ひどく馬鹿にされた。それに、相撲の力士になろうとしていたことまで、馬鹿にされた。少年は恥ずかしく思った。まるで、昔の祖先に戻ってしまったようだ、というわけだ。
「転がって動けよ、このデブめ」
「祖先のお墓へ行けば、きっと、とても喜んでもらえるだろう」
そんな子どもがいる学者が、現実のつらさを忘れるために、仲間とこんな話をした。
「人間はいつ、球の形ではなくなったのか。体が球ではなくなったことと、考え方が球ではなくなったことは、つながっていたのか。それとも、別々だったのか」
「それは古い問いだなあ」
「考え方が球の形、って何だよ」
「社会主義はとがっているとか、そういうことかい」
「もう、話にならない」
「お、その態度は、球らしくないぞ」
しばらくの間、球だったという事実は、このように、酒を飲みながら話すための話題でしかなかった。
しかし、ついに、人間の祖先が恐竜だったことが分かる。
恐竜が人間の一種だったのではない。人間が、恐竜の一種だったのだ。
「たしかに、俺には恐竜のようなところがあるな」。自分の乱暴な性質に、祖先とのつながりを感じる人も、少なくなかった。そして、何となく悲しく、退屈な気持ちになった。しかし、大事なのは、詩を書くような人の気持ちではない。
大事なのは、恐竜がなぜ、自分が球の形で、人間と同じ種類の生き物であることまで、隠し続けてきたかということだ。いや、反対かもしれない。人間が、恐竜から隠れていたのだ。
人間は、恐竜から隠れなければならなかった。人間にとって恐竜は、恐ろしく偉大な兄のような生き物だった。生きるためには、離れていなければならなかった。そうしなければ、小さな球である人間――今では「超恐竜」と呼ばれる生き物――には、生き残る希望がなかったのだ。
泥の中を転がり、土を掘ってやわらかくし、いろいろなほこりを体につけながら、大陸が分かれていくのを待った。その弱く、消えてしまいそうな様子は、ひざに顔をうずめて泣き続け、そのまま朝を迎える女のようだった。
そうした弱い超恐竜たちは、今日も一日中、手や指を上手に使って、恥ずかしいとも思わずに情報を操っている。かぎのように曲がった爪と呼ぶには、物足りない手や指を使って。
では、もとの恐竜は、なぜ全部いなくなったのか。同じ球である私たちが生き残り、恐竜は死んでしまったのは、なぜか。答えは、どうしようもないくらい簡単だ。
恐竜たちは、少しとがっていたのだ。
恐竜は成長すると、体の表面に、小さなとがった部分ができる。転がるときに邪魔にならないくらいのものだ。その部分を使って、相手を攻撃したり、自分を守ったりしていた。
そのとがった部分が、なぜ恐竜を全部いなくしてしまったのか。
競争のためだ。
とがった部分が違うと、できることも違った。そこから違いが生まれ、集団ができた。集団どうしが何度も争い、やがて全部いなくなった。この事実から、「ウニも恐竜ではないか」と考える人もいた。しかし、ウニは恐竜ではなかった。
生き残った私たちは、体の形を、それよりずっと複雑にしていった。一つの数字だけで、一人一人の価値が決まらないように、「文化」を育てた。大切な文化は、争いの影響をやわらげるクッションになった。そして、別々の集団が一緒に生きられるようになった。
「この教科書はつまらないな。めちゃくちゃな話じゃないか」
「でも、本当なんだって。恐竜の化石が、球になるから」
「その球は、恐竜の形にだってなるんだろう? どうして球だったという考えのほうが、そんなに強いんだよ」
「知らないよ」
人間は昔、球の形だったという学説は、だれも動かせないほど強かった。人間と恐竜の歴史は、その学説のままに決められ続けた。
――インドの、町から離れた小さな村に、自分の前世が分かるという子どもが生まれた。
その子どもは、球の形だったという説が広まる前から、「自分は前の世で、完全に丸い球にとても近いものだった」と話していた。
その言葉は、不思議で特別なものに思えた。そのため、その子どもは年を取ってからも、大切にされていた。
しかし、みんなが球だったと分かると、普通の人として扱われるようになったという。特別な才能のない、つまらない人として。
人々の形は、それまでとはまったく違うものになった。
自分でも気づかないうちに感じていた、祖先とのつながり。急に何かが頭に浮かぶこと。考えなくても何かを感じること。それらは全部、球という一つの形に集まっていった。
それは、よいことだった。
誇りに思うことだった。
体を美しくすることも、強くすることも、勉強することも、球を目指すように考えられた。人々は、球になることを目標に生活した。
肌や骨の丸い形が、大切にされた。人を攻撃するような考えは、全部追い出されていった。戦争はなくならなかった。しかし、「球の形の戦争」という考えが、戦場に持ちこまれた。銃や爆弾で攻撃する代わりに、病気を起こすものや毒を使う攻撃が増えた。
神の姿を思い浮かべられなかったのは、なぜだったのか。多くの人は、その理由にも納得した。人間の形をした神をまつる宗教は、人を信じさせる力を失い、弱くなった。
しかし、どんな歴史も、人間の形だったとしても、球の形だったとしても、説明できた。恐竜も同じだ。これまでの恐竜の形でも、球の形でも、とても大きければ恐ろしいままだった。生き物がほかの生き物を食べるつながりの、一番上にいるような、強く恐ろしい力も変わらなかった。
分からない。
なぜ、人間は恐竜だったのだろう。
なぜ、恐竜は球の形だったのだろう。
やがて人間は、球の形だったという考えを、どう疑えばいいか分からなくなった。そのまま、ひたすら時間が過ぎていった。昔、人が恐竜の形を疑わなかったように。
球だったという、大きすぎる学説を疑えなくなった人間。やわらかいものばかり食べると、あごは弱くなる。それと同じように、人間は、ほかの大勢の人が言うことも、かんで確かめるように、よく考えることができなくなった。
とても高い知能が考えた説を、口に流しこまれるように受け入れ、表情のない顔で満足した。
人間は、恐竜だった。
人間は、球の形だった。
あまりにも、あまりにも、それを疑うことはできない。